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イギリスの医療と社会福祉について


イギリス政府もイギリス国民も、医療や社会福祉社会保障ではないと理解しています。老齢や失業によって稼得能力が衰えたものに対する現金給付がイギリスの社会保障であり、それは全国民加入の国民保険(National Insurance)です。イギリス国民には国民保健への保険料搬出義務があり、その義務は健康で十分な稼得能力を維持することで果たされます。そのような観点から、イギリスでは医療サービスや社会福祉サービスの提供は社会保障を下支えする制度と位置づけられ、社会サービスと称しています。

イギリスの病院と診療所は完全に分化しています。病院はすべて保健当局の管理下におかれ、予算配分を受けて運営する公的施設です。病院は緊急時を除いては紹介患者の治療にあたる施設であり、外来患者で混雑している日本の病院とは異なります。

ユニークなのは診療所です。イギリス国民は独立して開業している一般医(通称GP)を家庭医として選択し登録します。そして、初診は家庭医のもとで受けることになっています。イギリスの家庭医は日本の開業医に近い存在ではありますが大きな相違があります。

第一に、日本の開業医はミニ病院であり、手術などかなり高度な治療を行うところもありますが、イギリスの家庭医は重傷な患者は病院へ紹介し、自身では手術は行いません。第二にイギリスは完全医薬分業なので、家庭医は診察し処方箋を発行するだけで、患者に医薬品を提供することがありません。医薬品は患者が処方箋を薬局に提示しそこで受け取ります。

以上のような医療システムの下に展開されているのがNHSです。初期のNHSは保険社会保障者が需要と供給を一括して管理していました。国家による需給独占は非効率が目立ち、1980年代のサッチャー政権は市場原理導入による効率を重視したNHS改革を断行しました。効率に偏したサッチャー改革は医療の荒廃(病院を減らしたため入院待機期間が極度に長くなった、など)を招き、90年代後半から政権を担当している労働党政権は改革の行過ぎ是正に努めています。現在は国家による医療サービスの受給独占が廃止され、保健省が医療サービスの供給をコントロールし、NHSは需要独占者として国民にサービスを提供する仕組みになっています。

診療報酬は日本のような出来高ではなく、一定基準によって積算された予算が病院と家庭医へ配分されています。また、薬剤費やメガネなどの例外を除いては10割給付であり患者一部負担金はありません。

家庭医へは登録住民数に住民一人当たり単価を乗じた額が配分され、予算に過不足が生じても追加返納は行われません。家庭医は収益を得るためサービス提供を効率化する必要があります。さらに安易な入院を抑制するため、登録住民が病院で入院治療を受けた際には家庭医が配分された予算の中から入院医療費を支払う仕組みになっています。予算制のもとでは、粗診粗療が危惧されますが、住民が家庭医を選択できるようになったことで家庭医間に登録住民獲得競争が生じ、粗診粗療にはならずにかえってサービスが向上したといわれています。さらに、入院医療費は住民ではなく家庭医が予算の中から支出することになったことから、家庭医には登録住民の入院発生を極力抑えるために、住民の健康管理に日常的に取り組む必要が生じ、これが医療の質を高めるインセンティブになっています。

北欧諸国は早い時期からNHS方式に近似した公営医療に切り換えました。ただし、スウェーデンはフリーアクセスであり、さらに公的医療保険が存在しますが、それは休業補償給付などの現金給付のための制度です。イタリアは1970年代に社会保険方式が南北格差などにより破綻したため、1980年代初頭にNHS方式に移行しています。

イギリスは国民に家庭医を選択する権限を与え、ドイツは国民に保険者を選択する権限を与えたという選択対象の相違はありますが、医療保障に競争原理を導入した点では共通しています。