読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

格の種類:主格、対格、位格、連体格、非格、奪格、与格、比較格、具格

一つ一つの名詞が、動詞や形容詞に対して、あるいは他の名詞に対して、どういう関係をもって続いていくか、そのちがいを格の変化という。日本語では、名詞の次に、「が」「を」「に」「の」……というような後置詞をいわゆる格助詞を付けて表わす。

 これはギリシャ語ニフテン語に代表されるヨーロッパの諸言語が、名詞自身の形を変えて表わすのとはちがい、アルタイ諸語の方式に近い。これが、日本語は言語分類上、膠着語に属すると言われるゆえんである。しかし、実際にトルコ語と日本語を比べてみると、日本語における名詞と後置詞の結合はゆるく、それぞれ一語である。「雨が」という時に、「雨」「が」はそれぞれ固有のアクセントをもっており、そこはいつも、拍の切れ目になっている。日本語の名詞と助詞をくっつけているものは、膠ではなく、工作用セメダインぐらいのところだ。この日本語の性格は、ビルマ語・チベット語、それからヒンディー語にむしろ似ている。

 格の種類は何種類あるか。あり得る格の数は、泉井久之釛によると、七の三乗に呼格を加えて344種になるという(『言語構造論』)。しかし、呼格は他の語への関係を表わすものではないから格のうちでは特別のものだ。現在のところ、格の種類が多くて有名なのはウラル諸語で、フィンランド語は一五種、ハンガリー語は二〇種以上もあるそうで、これが最高である(北村甫編『世界の言語』小泉保)。これに対し、インドーヨーロッパ語では、もとは八つの格があった、そうして、サンスクリットにはこの八つがそのままあったと言われており、リトワニア語では今でも八格をもっているそうだ(ナイダ『新言語学問答』)。ギリシャ語では五つに、ラテン語では六つに減っており、現代ヨーロッパ諸言語ではさらに減っている。

 日本語の格の数はいくつあるか。三上章の『日本語の構文』によれば、次のようになる。

  -が  主格  動作・作用をするもの、属性をもっているものを表わす。
  -を  対格  作用を受ける対象のほか、移動する場所、分離の対象をも表わす。
  -に  位格  場所・時・範囲を表わすほかに、帰着点、変成の結果、目標を表わし、さらに漠然とした動詞への修飾を表わす。
  -の  連体格 広く名詞に続く言葉を表わす。
  -と  共格  相手のほかに、変成の結果、談話や思考の内容を表わす。
  -から 奪格  出発点を表わす。
  -へ  与格  方向・帰着点を表わす。
  -より 比較格 比較の基準を表わす。
  -で  具格  動作の場所・道具・原因を表わす。

 もっとも、「に」「と」「で」のように、同じ助詞でもちがう意味を表わすことがあるから、全体の数は12種類ぐらいになる。また、現代ではこういう語のほかに、「-について」「-によって」なども、格のちがいを表わしている。

 日本語の格の表わし方は、相当に精密である。時にあやふやなものもあるが、日本語の長所 何より規則的で、ちがう名詞に対して同じ形でつくというところに、日本語の大きな長所がある。ラテン語などは、名詞が格変化を行うが、これが不規則なので、しばしばどれが主格でどれが対格か、わからなくなったりする。

 Reges consules amant.

のような構文では、「王たちが役人たちを愛する」とも、「役人たちが王たちを愛する」ともとれ、はっきりしない。これは、regesとかconsulesとかいう語が、主格と対格とて同じ形を共有するからである。日本語では「が」および「を」のおかげでこの心配はまったくない。

  王たちが役人たちを愛する
  王たちを役人たちが愛する

 順序を変えても、「愛する」「愛される」の関係はきわめて明晰である。

『日本語』 金田一春彦