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助数辞について


 日本の数を表わす言葉は、右に述べたように規則的でやさしいのだが、ただし数えるものによって数え方がちがうという、めんどうな性格がある。人ならば「ひとり」「ふたり」と数え、犬ならば「一匹」「二匹」と数えるという、あれだ。

 「一匹」とか「一羽」という助数辞をつける習慣は、ヨーロッパの方にはかつてなく、東南アジア的なもので、日本語のほか、朝鮮語・中国語・ヴェトナム語・タイ語ビルマ語のほか、アルタイ系の旧満州語にあり、あと西太平洋の多くの言語にみられる。インドネシア語は文法全体は簡単であるが、助数辞に限れば複雑であり、ミクロネシアのたとえばトラック島の言葉には110種類の助数辞がある。

 これらのうちで何と言っても中国が本場で、その種類も多く、同じような家畜でも、馬は「一匹」「両匹」、豚は「一口」「両口」、牛は「一頭」「両頭」、羊は「一隻」「両隻」というように数え分ける。そうかと思うと、犬はやせてもいないのに蛇やムカデと一緒にして「一条」「両条」と数えるのはどういうわけだろうか。日本では使わない重要な助数辞に、飴や石鹸のようなものを「塊」で数え、鉛筆やアイスキャンデーを「枝」で数えるといった例もある。

 「枚」で数えるものには、日本とまったく異なり、桃などがそうだなどというものがあり、衣服を「件」で数えるのも日本人から見ると意外である。

 中国語には同音語があるから、こういう助数辞は必要で、中には「手巾」のように「条」で数えればタオルになり、「塊」で数えれば(ンカチになるものもある。

 日本語の助数辞についていうと、人を数える助数辞に「三人」「四人」の「-人」があるが、これはおかしい。それならば犬は「一ケン」「ニケン」と数え、猫は「一ビョウ」「ニビョウ」と数えることになる。人にはもともと「ひとり」「ふたり」「みたり」「よったり」という数え方があり、また、「一名」「二名」と数える方法があったのだが、サンニン以上の数え方になると、誰かがまちがえてしまったものだ。

      D・カーは、中国語を文法の上からみて、ほとんど理想に近い言語と評価しながら、唯一の欠点として、助数辞の複雑なことをあげた。日本語についても、かつて宮田幸一が、助数辞をもっと減らして、人間に関するものは、「ひとり」「ふだり」と数える、すべての動物に関するものは、「一匹」「二匹」と数える、すべての物に関するものは、「ひとつ」「ふたつ」とするというように整理できないだろうかという意見を出したことがあったが、おもしろい問題である。

 欧州語の名詞の性や数の区別が、日常生活にめんどうを引き起こすと同様に、日本語の助数辞の区別は、時に日本人を苦しめる。

 NHKの放送用語委員会では、アナウンサーがニュースを放送する場合にどのような日本語を使ったらいいかということを検討しているが、あるとき、マネキン人形をどう数えたらいいか、ということが話題になった。人間ではないから「一人」「二人」と数えるのはまずいとして、どう数えたらいいか。パチンコの台みたいなものだから、「一台」「二台」と数えるのはどうかと委員の一人が言えば、石灯籠のようなものだから「一基」「二基」と数えたらどうかという声も出る。最後に、仏像のようなものとみなして「一体」「二体」とするのはどうか、といったような案が出て、結局結論は出なかったが、しばらく時間をつぶしたことは確かである。これは、そういう習慣のないヨーロッパの人が聞いたらおかしく思う問題にちがいない。

 数の数え方と言えば、数量の数え方と順序の数え方との関係も問題になる。英語数量と順序 では、数量の方はone two three ……と数え、順序は、…first second thirdと数え、はっきりしている。日本語では、数量は「ひとつ」「ふたつ」、順序は「ひとつめ」「ふだつめ」と「め」をつけ、あるいは「第二「第二」と、漢語で言って、いちおう区別は
あるようだが、実際にはかなり混乱している。たとえば、日の数え方は、

  数量~いちにち  順序-ついたち

と、一日だけは区別があるが、二日以上になると、数量も順序も「ふつか」「みっか」となってしまい「みっか(かん)行った」と言えば数量、「みっかに行った」と言えば順序の方と、かろうじて分かる程度である。

 これをしっかり区別しようとしたのは、旧軍隊だった。日本の軍隊は、西南戦争の時に、第五中隊一つを前進させようとして、「五中隊前進!」とやったために、五つの中隊が全部前進して大敗北を遂げた。以後、「第○中隊」と「○個中隊」とをやかましく言い分ける慣習があるというが、これはよいことだった。一般の人もこの区別にもう少し神経質になった方が良い。エレベーターへ乗ると、エレベーター嬢は、「御利用の階数をお知らせ願います」と言っているが、実際は第何階かを、つまり順序を尋ねている。