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数詞について:世界の諸言語の数を表す言葉

 世界の諸言語の数を表わすことばは、種々様々である。
 
 第一に、数え方のきわめて貧弱な種族がある。クラーチという人類学者は、『人類学』の中で、オーストラリアのクィーンズランド原住民のことばでは、一を何卜力と言い、二を彼トカと言い、三以上は特別の言葉がないという。そうして無理に数える時は、三は彼トカ・何トカと言い、四は彼トカ・彼卜力と言って表わすという(金田一京助『言語研究』)。これに似た数え方は、タスマニア人やパプアの原住民の一部にもあるらしい(『世界の言語』)。

 日本語は、歴史以前にすでに、モモ・チ・ヨロズをもっていて、相当進んでいた。多い方の 代表は中国語で、百・千・万の上は、億・兆とあり、「兆」は10の12乗だ。サンスクリッ卜の数詞も結構多いが、中国とちかって、「十万」「百万」のような数え方をせず、すべて10倍ごとに新しい名前で呼ぶので、八位ぐらいで息切れしたようだ。

 次に、世界の言語の数の組織に、五進法・十進法・十二進法・二十進法などがある。五進法は、クメール語メラネシア語の一部に見られるもので、クメール語では、一から五まで名があり、六はイツツーヒトツ、七はイツツーフタツ、八はイツツーミッツというような形式で言うという。これは、片手の指を一つのまとまった単位とみて数えたことに起源をもつにちがいない(北村甫編『世界の言語』坂本恭章)。

 十進法は最も普通の数え方で、インドーヨーロッパ語、ウラルーアルタイ語、中国語、ビルマチベット語朝鮮語インドネシア語など、すべてこれである。日本語もこれであることは言うまでもない。これは両手の指の数を一つのまとまった単位と考えたところからたまたま生まれた考え方であるが、数学的には必ずしも最も合理的とは言えないという。

 二十進法は両手足の指を数えるもので、これは世界各地に散在して行われている。ヨーロッパではバスク語コーカサス山麓のコーカシア語がそうだとして知られており、東アジアではアイヌ語の数詞がそういう組織をもっている。大野晋によると、いつか日本語と同系の言語だと騒がれたヒマラヤ山麓のレプチャ語も二十進法の言語だという。この二十進法は、ヨーロッパ人の数え方にも部分的には現われており、たとえば、デンマーク語では、60は3倍の20、70は3.5倍の20という言い方をするそうだ(市河三喜『数詞について』)。フランス
も、80にこの行き方がとられている。
 十二進法とは、12までを別々のことばで言い、13を12プラス1、一四を12プラス2という行き方で、古代のバビロニア語が有名である。ヨーロッパの西部のケルト語にこの傾向があり、たとえば今の英語などで、13以上はthirteen fourteenと規則的であるが、11と12はeleven twelveと不規則なのは、ケルト語の数え方の影響だという(市河、同前)。十二進法の起源は、12という数が多くの数の倍数で割れることを利用したもので、十進法より数学的には合理的らしい。

 日本語はいわゆる十進法をもつが、これは世界で最も普通の数え方なので、特色とはしがたい。日本語の数え方で特徴的なのは、10までが倍数組織になっていることで、すなわち、ヒトツとフタツの関係は偶然として、3とその倍数の6とが 「みっつ」と「むっつ」、4と8が「よっつ」と「やっつ」で似た形をもっていることである。